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セナのライバル(ナイジェル・マンセル) - 英雄アイルトンセナの世界

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セナのライバル(ナイジェル・マンセル)

アイルトン・セナのライバルについて

アラン・プロストはもちろんですが、

この人も外せませんね。


【ナイジェル・マンセル】

 アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、ケケ・ロズベルグ、アイルトン・セナらと並んで、

 1980年代のF1を代表するドライバーの1人です。

 
 特に1980年代後半から1990年代初頭にかけて

 ライバル関係にあったピケ、プロスト、セナとは、

 まとめて「四強」もしくは「F1四天王」と呼ばれることもあった。


 勝ち数はF1歴代4位の31勝をマーク。

 しかし、ワールドチャンピオンは1992年の1回キリ。

 タイトル争いをしてきたにもかかわらず、不運のケガや、

 ミスによってチャンピオンを逃してきた。


 そういったことから、「無冠の帝王」と呼ばれた時期もあった。

 普通無冠の帝王と言われると嫌がるのだが、マンセルは気に入っていたようだ。


 マンセルの運転は、上手いが荒く、自分のミスをマシンに当てつけるところもあった。

 ”荒奉仕マンセル”と異名を取った。


マンセルの愛称

 「レッドファイブ(5)」

 「荒奉仕マンセル」

 「無冠の帝王」

 「マンちゃん」


マンセルの代表的なグランプリ(2つ)

1991年第5戦 カナダGP
 スタートから終始トップを走行しながら、最終ラップの残り半周でストップした。
 当初ガス欠かとも言われたが、レース終了後にマシンを調べたところエンジンが
 掛かりギアも入ったため
 「マンセルが観客に手を振った際、誤ってマシンのキルスイッチに触れたのでは」
 という説も囁かれたが、後にマンセル本人が
 「セミATがシフトダウンする際に勝手にニュートラルに入ってしまう状態になっていて、
 駆動がかからなくなった。イグニッションを切ったのはエンストした後だ」
 と語っている。
 チームはその後、キルスイッチを手の届きにくい場所に移した。


1992年モナコGP
 この年、マンセルはチャンピオンに輝く。
 開幕5連勝と波に乗り絶好調のマンセルは開幕6連勝に向けて独走するが、
 残り8周でリアタイヤの異変を感じてピットイン。
 セナに首位を譲る。
 新品タイヤに履き替え驚異的なペースで追い上げ、
 残り3周からデッドヒートを展開。

 曲がりくねったコースで激しく仕掛けるマンセルと巧みにブロックするセナの妙技は、
 モナコGP50周年記念の名勝負のひとつとなる。

 マンセルはセナを抜けず2位に終わり、
 表彰式後のシャンパンファイトでは疲労困憊で座り込んだ。

 この時のピットストップは、タイヤトラブルとなっているが、
 タイヤトラブルについて、マンセルはパンクと思っていたが、
 実際はホイールナットが緩んだことが原因。

 レース前にメカニックがタイヤを装着した時にタイヤウォーマーの
 ストラップを噛んでしまい、ナットとハブの間にわずかな繊維が残っていたため、
 レース終盤に緩んでしまった。

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