1991年 F1第11戦 ベルギーGP - 英雄アイルトンセナの世界

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1991年 F1第11戦 ベルギーGP

1991年 F1第11戦 ベルギーGP


開催日  :1991年8月23~25日
開催国  :ベルギー
サーキット:スパ・フランコルシャン サーキット
予選   :PP(58回目)
決勝   :優勝(32回目)



前戦ハンガリーでは、シャシーの軽量化、エンジンの改良、ガソリンの改良を行い、

ウイリアムズの流れを止めることができた。

ここベルギーはセナが得意とする場所。


チャンピオン獲得に向けて連勝を飾れるのか?


ホンダは自動的にエンジン上部のトランペット部分の長さを変えエンジンパワーを

引き出す「可変吸気トランペット」を導入


ホンダはこの技術を1年かかるとしていたが、1ヶ月半で仕上げるという神業をしてみせた。


マクラーレン・ホンダ・シェルともに、

新しい技術をつぎ込み、ウイリアムズの追撃を阻む努力をしてきた。


しかし、パワーに頼らない空力性能でピカ一の性能を誇るウイリアムズ。

このウイリアムズはルノーエンジンを搭載しているが、パワーが無い。

そのため強力なパワーユニットをもつマクラーレンホンダに対抗するには

空力しかないと判断し、空力性能を向上させてきた結果が今出ている。


空力性能は車を早く走らせるためには重要なファクターで設計を間違えれば

早くならないが、ツボをつかめば、故障などのトラブルにならない分野なので、

性能が良いと使い続けることが出来る。


【金曜フリー走行】

ウイリアムズが1-2独占。


【土曜日予選】

セナはマシンをセットアップしタイムアタック。

プロスト・マンセルに1秒以上の差をつけて2戦連続のポールポジション獲得。

パトレーゼは車検に引っかかったため、17番手スタートとなる。


この年このレースで将来とてつもない記録を打ち立てる人物がデビューをする。

ジョーダンのミハエル・シューマッハ。


予選では、同じジョーダンに乗る、チェザリスより早く7番手とする。


【決勝】

セナはスペアカーを選択。

セナ・プロストがフロントローだったが、問題なく1コーナーをクリア。


シューマッハーはオールージュでクラッチを壊し早々とレースを終える。

ちなみに次戦イタリアGPでは、シューマッハーはベネトンへ電撃移籍することとなった。


トップ争いはセナに続いてプロストを抜いてマンセルが2位。

プロストは3周目にエンジンが壊れリタイアした。


序盤戦はセナとマンセルのマッチレース。

16周目、セナがタイヤ交換のためピットイン。

マクラーレンにしてはめずらしくピット作業がスムーズに行かなかった。

そのため、予定以上のタイムロスをし、5位で復帰することとなる。

その後、ピケ、ベルガーがピットインしセナは3位浮上。

マンセルがトップ、2位アレジとなっていた。

23周目マンセルに電気系トラブルが発生しリタイアとなる。


チャンピオンシップ争いとしては、キーになるマンセルだが、

ここに来てリタイアはさすがに痛かった。


残り13周となったとき、チェザリスとパトレーゼが追い上げてくる。

そのチェザリスは、エンジンを壊しリタイア。

パトレーゼもギアボックスにトラブルが発生し後退。

セナ以外トラブルでリタイアする中セナは生き残ったが、

セナも万全ではなく、ギアボックスにトラブルを抱えながらの走行をしていた。

3・6速を探しながらの走行をしていたのだ。

セナだから、ギアボックスを壊さず最後まで走り抜けたのだろう。


セナ優勝。

これでベルギースパでは4年連続5回目の優勝となる。

ポールから逃げ切りのセナというセナらしい勝ち方ではない。

しかし、トラブルと闘い、マシンを労っての走行をしたからこその優勝。


セナ10ポイント、マンセル0ポイント

この差が後々大きな意味を持つのであった。


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